日本トライボロジー学会(JAST)は5月21日~23日、東京都渋谷区の国立オリンピック記念青少年総合センターで、「トライボロジー会議 2018 春 東京」を開催した。機械要素や潤滑剤、表面処理・コーティングなどの関わる研究199件が、一般セッションとシンポジウムセッションで発表された。研究発表者に実学としてのトライボロジーの応用を考えさせる狙いで、一般セッションを「産業機械」、「輸送機器」といった応用分野を中心に分類した。また、シンポジウムセッションは、「自動車軽量化のためのトライボロジー技術」、「表面テクスチャによるトライボ特性の制御」、「熱効率向上・CO2削減に向けたエンジン(パワートレイン)のトライボロジー」、「摩耗研究会50周年シンポジウム - 摩耗研究会50年の歩みと摩耗研究の変遷」、「トライボケミストリーの最前線」の5テーマで開催された。
22日には「2017年度日本トライボロジー学会賞」表彰式が行われ、ベアリング、潤滑関連では、以下などが表彰された。
・論文賞「低ラムダ条件でのスラスト玉軸受の転動疲労寿命」藤田 工氏・長谷川直哉氏・嘉村直哉氏(NTN)、佐々木敏彦氏(金沢大学)…希薄潤滑条件(低Λ条件)におけるスラスト玉軸受の転動疲労寿命試験の結果に基づいて、低Λ条件での転動疲労寿命に影響を与える様々な要因について考察。①潤滑条件と転動部品の材質によって変わる転動面間のなじみの推定、②①の結果からの表面粗さと潤滑剤の荷重分担の推定、③②の結果と残留応力を考慮した真実接触部下の内部応力の推定、④③の実際に転動面で作用した応力からの寿命推定、といった低Λ条件での転がり軸受の転動疲労寿命推定の方法の研究が、機械の高効率化の要請によって潤滑剤の低粘度化が進む昨今の状況において、機械全体の信頼性を決める重要な研究分野であるとして、その有用性が高く評価された。
・論文賞「グリースのソフトEHLにおける膜厚とトラクション」河内 健氏・市村亮輔氏・吉原径孝氏・董 大明氏(協同油脂)、木村好次氏(東京大学・香川大学)…光干渉法による薄膜EHLシステムを用い、減速機の噛み合い面を想定した鋼球とポリカーボネートディスクの点接触において、油とグリースによるソフトEHLの膜厚およびトラクションを測定するとともに、グリースのレオロジーに基づく予測の可能性を探った。膜厚については、グリースを用いると基油よりも厚い膜が形成されること、増ちょう剤の種類によって膜厚が異なることを示した。一方、トラクションに関しては、ソフトEHLのトラクション係数がハードEHLの約1/10になること、グリースのトラクション係数は基油よりも高く、増ちょう剤の種類による影響はわずかであることが分かった。グリースのソフトEHLにおける膜厚についてはBAUERの粘性式を用いたDONG-QIANの解析の拡張によって、トラクション係数はEYRING粘性に基礎を置く村木-木村の近似式の援用によって、いずれも充分な精度の予測が可能であることを示し、それらが高く評価された。
・技術賞「低粘度デファレンシャルギヤオイルの摩擦低減技術」久保朋生氏、岡本裕司氏、秋江直人氏(日産自動車)、小松原仁氏、有山萌奈氏(JXTGエネルギー)…本技術では、最終減速機におけるトルク損失の9割を占めるオイルの撹拌損失、ベアリングの作動損失、ハイポイドギヤの噛み合い損失という三つのトルク損失が、オイルの低粘度化としゅう動部の低摩擦化によって削減可能と見て、検討した。製品粘度の大幅な低粘度化によって撹拌損失を低減したほか、ベアリングの作動損失低減のため、新規採用の高粘度基材による油膜保持性の向上によって混合潤滑から境界潤滑への移行を遅延。さらにハイポイドギヤの噛み合い損失低減を目的に、最終減速機油では一般的に用いられなかったMoDTCによる境界潤滑域の摩擦低減を試み、硫黄含有のリン系添加剤とMoDTCの併用効果によって大幅な摩擦低減に成功した。これによって、従来難しいとされていたデファレンシャルギヤオイルの大幅な低粘度化と優れた耐久性の両立を達成した。また、本技術を適用した省燃費型潤滑油を用いることで、減速機ユニットのトルクを40%低減、実車で約0.5%のCO2排出削減効果が確認。量産車への適用が開始されていることが、高く評価された。
・技術賞「LSPI対応低燃費エンジン油の開発」金子豊治氏、山守一雄氏、宮田 斎氏(トヨタ自動車)、鈴木寛之氏、小野寺康氏(EMGルブリカンツ)…搭載の増加している過給ダウンサイジングエンジンで重要視されるLSPI防止性能と低燃費性能を共に向上するのに必要な、Mg系清浄剤とMoDTCを配合したエンジンオイルの摩擦特性を調査。Mg系清浄剤を使用するとMoDTCの低摩擦効果が阻害されることが分かった。その阻害作用が、XPSやAFM分析によってMg系清浄剤中のMgCO2がリン酸反応皮膜を摩滅させた結果、MoS2生成を阻害することが要因であると明らかにした。またその改良技術として、ホウ素系分散剤によって強固なリン‐ホウ酸反応皮膜を形成することで、MgCO2による摩滅を抑制、MoS2による低摩擦効果を維持することを可能にした。本技術を適用した0W-16開発油は、LSPI防止性能を有した上で従来油から燃費1.0%向上し新型カムリから採用、0W-20開発油も新型LSから採用されている。LSPI防止性能と低燃費性能を両立するというかつてない課題に対し、エンジンオイルの添加剤の相互作用メカニズムを明らかにした上で、その対応技術を確立し製品化を実現したことが、高く評価された。
・奨励賞「光ピンセットによる粘度計測技術の研究―第2報:ミクロ領域の粘度―」南里浩太氏(ジェイテクト)…光ピンセットによるマニピュレーション技術の応用として、水溶液中での微粒子移動における粘度計測を試みた。通常の粘度計では計測が困難なミクロ領域の粘度計測が可能となるが、特にアルコール水溶液はマクロ領域においても特徴的な粘度変化を示すことから、そのアルコール水溶液を把握することでミクロ領域の粘度の知見をさらに深めることができる。また、超低レイノルズ数領域の抗力係数の検討も実施。これまでの研究によって光ピンセットによる微粒子のトラップ、マニピュレーション技術の活用、微粒子の水溶液中での粘度計測に必要なレーザ安定操作領域を確認できたことなどが評価された。今後は、光技術の応用とミクロ領域の流体抵抗測定技術の確立を目指すとしている。
今回はまた、「2017年度日本トライボロジー学会功績賞受賞者」が表彰。相原 了氏(元日本精工)、君島孝尚氏(元IHI)、橋本 巨氏(元早稲田大学)の3名が、トライボロジーならびに日本トライボロジー学会の発展に対する多大な貢献がたたえられた。