日本トライボロジー学会、トライボロジー会議 2019 春 東京 開催、学会賞表彰式を実施
日本トライボロジー学会(JAST)は5月20日~22日、東京都渋谷区の国立オリンピック記念青少年総合センターで、「トライボロジー会議 2019 春 東京」を開催した。機械要素や潤滑剤、表面処理・コーティングなどの関わる研究160件が、一般セッションとシンポジウムセッションで発表された。一般セッションは「トライボケミストリー」、「マイクロ・ナノメカニズム」、「表面形状・接触」、「機械要素」、「表面処理・コーティング」、「シミュレーション」、「摩擦材料」「摩耗」、「分析・評価・試験」、「境界潤滑」、「潤滑剤」、「摩擦」、「固体潤滑」、「メンテナンス」、「流体潤滑」の15テーマで、また、シンポジウムセッションは、「高分子材料のトライボロジー」、「境界潤滑下における固体表面の最適設計技術-機能性コーティングかトライボフィルムか?-」、「" 超" を目指す軸受技術の最前線」の3テーマで開催された。
22日には「2018年度日本トライボロジー学会賞」表彰式が行われ、ベアリング、潤滑関連では、以下などが表彰された。
・論文賞「グリース潤滑における過渡応答の顕微赤外分光法によるその場観察」星 靖氏(岩手大学)、滝渡孝治氏(一関工業高等専門学校)、七尾英孝氏(岩手大学)、森 誠之氏(TSラボ)…近年用途が拡大しているウレアグリースについて、ボールオンディスク型潤滑試験機と顕微赤外分光器を組み合わせて潤滑膜をその場観察し、潤滑膜形状と増ちょう剤の濃度分布を動的条件下で観察した結果から、潤滑メカニズムを考察した。脂環式、芳香族、脂肪族のウレアグリースともに数分間かけて2~3μmの厚い潤滑膜を形成すると同時に、ヘルツ接触部では増ちょう剤濃度が上昇することを明らかにした。また、試験後の静止状態でも接触部に高濃度の増ちょう剤が検出されたことから、増ちょう剤の濃縮はボールおよびディスク表面への付着が主な原因であることが明らかとなった。さらに、転がり条件からすべり条件に変化させて経時変化を測定し、増ちょう剤濃度および潤滑膜厚さの過渡応答を観察した。せん断により増ちょう剤濃度がバルク濃度まで急激に低下し、潤滑膜厚さも低下することを見出した。また、転がりとすべりを繰り返したとき、付着膜の成長とはく離による潤滑膜厚さの変化が再現性良く得られた。これらの膜厚変化は、ウレアグリースの増ちょう剤の種類に依存し、脂環式<芳香族<脂肪族の順であった。また、付着膜の成長速度よりも、はく離速度のほうが速いことも明らかにした。本論文で得られた知見はグリース潤滑のメカニズムを理解する一助となるとともに、グリース設計の新たな指針を提示するもので、今後、本手法を用いた潤滑状態のその場観察によってグリースにおける潤滑現象の解明が一層進むと期待されることが評価された。
・論文賞「ジャーナル表面温度の予測精度を高める新たな熱流体潤滑モデル」畠中清史氏(九州工業大学)、馬場祥孝氏・亀山裕樹氏(神戸製鋼所)…ジャーナル軸受の熱流体潤滑モデルの予測精度を高めるための、油膜のエネルギー方程式の新たな解法を提案。本研究では、油膜内で発生し下流側のパッド間領域に排出されるせん断発熱量が、パッド寄りでは適切に評価されるがジャーナル表面寄りでは過大に評価されることを明らかにした。これを受け、パッド寄りの油膜温度はパッド潤滑面を基準面とする座標系で記述した従来の油膜のエネルギー方程式から、ジャーナル表面寄りの油膜温度はジャーナル表面を静止側の基準面とする相対座標系で記述した油膜のエネルギー方程式から、それぞれ求めるという熱流体潤滑モデルを新たに提案した。この新しいモデルをティルティングパッドジャーナル軸受に適用して軸受性能を予測し、それを実験地と比較した結果、パッド表面最高温度の予測精度を悪化させることなく、ジャーナル表面温度を高い精度で予測できることが明らかになった。油膜のエネルギー方程式を使い分ける本熱流体潤滑モデルを適用することで、これまで以上に高い精度の性能予測値を軸受設計の段階で得られるようになるという有用性の高さが評価された。
・トライボロジーオンライン論文賞「Advanced Control of Frictional Properties on Paper Clutch Materials by a Combination of Friction Modifiers」辰巳剛氏・長谷川愼治氏・大沼田靖之氏(JXTGエネルギー)…自動変速機油(ATF)に含まれる摩擦調整剤(FM)は一般的に直鎖の油性基と材料表面への吸着力を有する極性基からなり、低すべり速度時の摩擦係数を低下させる作用を有する。そのため、正勾配のμ-V特性を得るのに有効であるものの、締結時のすべり防止の観点からは摩擦係数を下げすぎてはならないため、配合量には限りがある。さらに、FMは一般的に高温ほど吸着力が増して摩擦低減効果も強くなる傾向があることから、自動変速機(AT)で求められる幅広い使用温度域にわたって、望ましい摩擦特性を確保するのは容易ではない。本論文では、上記の課題を解決する手法として、FMの吸着を選択的に阻害する成分(FM with an Asvanced Concept:FMAC)を新たに開発し、FMとの併用による摩擦制御を検討した。FMACはFMに類似した構造を有するが、多分岐タイプの油性基であるため、吸着時にも摩擦低減効果は発現しない。さらに極性基の高温での吸着力が高くなるように設計しており、高温でのみ選択的にFMの吸着を阻害する。結果として、FMACの適用により併用するFMの作用を制御することが可能となり、幅広い温度域において望ましい摩擦特性を達成できることが明らかとなった。本論文は、ATFに求められる高度な摩擦制御を可能とする新たな手法を確立したもので、自動車の省燃費化技術のさらなる発展への貢献が期待できるとして評価された。
・技術賞「耐焼付き性に優れるDLC被膜転がり軸受の開発」佐藤 努氏・伏見元紀氏・上光一郎氏(日本精工)…転がり軸受では使用条件が厳しくなると焼付きや摩耗などの表面損傷を生じ、軸受としての機能に支障をきたす場合がある。このような表面損傷を防止する方法として、金属接触を防止できる表面処理が有効で、特に低凝着性や耐摩耗性を有するダイヤモンドライクカーボン(DLC)被膜は大きな効果が期待できる。しかし、DLCは硬質膜のためにはく離しやすく、特に接触面圧が大きい転がり軸受の軌道面においては被膜はく離が生じやすく、適用が難しかった。高面圧転がり接触下における被膜はく離の抑制には、被膜内部に発生する応力の低減が必須として検討・改良を行った。転がり接触下では母材である鋼が大きな弾性変形を繰り返すため、中間層を含めた各層のヤング率を鋼に近づけることで、接触により被膜内部に発生する応力を低減した。加えて成膜時に発生する被膜の残留応力を被膜組成や成膜条件の最適化により低減した。これらの改良により、高面圧下においてもはく離しにくい高耐久のDLC被膜を得た。開発した耐はく離性に優れるDLC被膜を転がり軸受に適用することで、過酷な使用環境においても長期にわたって焼付きや摩耗を防止することが可能となった。大規模空調設備用ターボ冷凍機においては、本技術を圧縮機支持軸受に採用することで軸受列数の削減と小型化が可能となり、従来機から軸受損失を約50%低減させCO2排出量削減が期待される。また、製紙機械においては抄紙工程のロール支持用の自動調心ころ軸受で問題となるスミアリング損傷(表面の微小焼付き)を実機環境下において長期にわたって防止する効果が確認されており、今後、生産設備の安定稼働ならびにメンテナンス軽減に貢献していくことが期待できるとして評価された。
・技術賞「テクスチャ付与による自動変速機用低トルクシールリングの開発」関 真利氏・石岡克敏氏・吉田勇介氏(NOK)、細江 猛氏・徳永雄一郎氏(イーグル工業)…近年の世界的な温暖化対策を背景に自動車のCO2排出規制が厳しさを増す中で、自動変速機(AT)内のシール部品においてもさらなるトルク低減が求められている。AT内のシール部品の機械損失は全体の約25%を占めており、中でも高圧・高速しゅう動環境で複数個使用される回転用シールリングについては、低トルク化のニーズが非常に高い。従来のシールリングはシール幅低減によって油圧による押付け荷重を低減し低トルク化を図ってきたが、過度な油漏れを防ぐためにはさらなるシール幅の低減は困難である。そこでシールリングのしゅう動面に動圧すべり軸受機構を発現する溝形状(テクスチャ)を配置し、流体潤滑状態で作動させることを試みた。シールリングしゅう動面のテクスチャ形状は、流体潤滑を仮定した数値解析をもとに形状を設定した。数値解析では、しゅう動面のみを対象とし、有限差分法によるレイノルズ方程式によって荷重と釣り合う油膜厚さを求めた。また、検証評価として、LIF法を用いたしゅう動面の油膜計測を行い、軸受特性数Gの増加に伴い油膜厚さが増加する傾向は実験も解析も同様であることを確認した。テクスチャシールリングは、従来のシールリングに対し最大で70%のトルク低減効果を確認、すでに量産車に適用されている。今後、自動変速機用シールリング以外の分野においても採用可能な技術で、他樹脂しゅう動部品への展開も期待できるとして評価された。
今回はまた、「2018年度日本トライボロジー学会功績賞受賞者」が表彰。JAST理事や日本機械学会機素潤滑設計部門長などを務めた岩淵 明氏(岩手大学)、JASTグリース研究会主査やJAST評議員などを務めた小宮広志氏(元ジェイテクト、元日本グリース)、JASTファイル記憶のトライボロジー研究会主査などを務めた多川則男氏(関西大学)の3名が、トライボロジー分野ならびに日本トライボロジー学会の発展に対する多大な貢献をたたえられた。