島貿易、トライボロジー試験機を用いたDLCなど硬質薄膜関連の試験評価を推進
英国PCS Instrumentsは、Imperial College LondonのHugh Spikes教授が率いるトライボロジー研究グループが開発した潤滑油や燃料油の各種特性を分析するための試験評価技術を基板技術として、1987年に設立された。以降、トライボロジー試験装置のグローバルリーダーの一つとして、油膜厚さ試験機「EHD」、トラクション試験機「MTM」などの各種トライボロジー試験機を自動車や潤滑油をはじめとする産業分野や大学・公共機関などの研究分野に提供している。
日本国内では、島貿易が国内総代理店としてPCS Instruments製トライボロジー試験機の利点を活かした試験アプリケーションの拡大を進めている。
ここでは特に、潤滑油介在下でのDLCコーティングなど硬質薄膜の摩擦摩耗特性評価で適用実績の多い、トラクション試験機「MTM」、さらには近年開発された高荷重トラクション試験機「ETM」の概要と、それらを用いたトライボロジー試験評価事例について紹介する。
潤滑油介在下での薄膜の特性評価に有用なトライボロジー試験機
トラクション試験機MTM
MTM(図1)は、世界中で300台以上の販売実績がある、実験室向けのコンパクトなベンチトップタイプのボールオンディスク型摩擦摩耗試験機で、500以上の文献で採用されており、簡単なトレーニングで使用できるため、新規ユーザーにも扱いやすい仕様となっている。
試験機ごとの測定誤差が少なく繰返し性の高い結果が得られるほか、独立駆動するモータにより、すべり率200%以上を再現できる。また、操作性の良さや豊富なアクセサリにより、幅広い試験条件を再現できる。さらに、オプションの3Dマッパーを採用することによって、トライボフィルムの形成を、接触部電気抵抗測定では油膜切れの挙動を確認することが可能となっている。
仕様は以下のとおり。
・最大荷重:~75N
・接触面圧:~1.25GPa(標準試験片)、~3.1GPa(試験片による)
・最大速度:4000mm/sec
・すべり率:-10000~10000%
・温度範囲:室温~150℃(オイルクーラ使用時10℃~)
・サンプル量:35mL
図1 MTM本体(左)と試験部(右)
高荷重トラクション試験機ETM
ETM(図2)は、軸受鋼(SUJ2)相当の試験片で、3.2GPaの高面圧を再現することができるボールオンディスク型摩擦摩耗試験機。
オプションの3Dマッパーを採用することによって、トライボフィルムの形成から破壊までを観察することが可能となっている。Fluid Extraction System(FES)自動ドレインシステムでは、試験後のサンプルを漏れなく回収し、作業工程を簡便化することによって、クリーニング時間の短縮につながる。
仕様は以下のとおり。
・荷重範囲:100~1650N
・接触面圧:~3.5GPa(標準試験片)、~7.1GPa(タングステンカーバイド試験片)
・最大速度:3500mm/sec
・すべり率:—10,000~10,000%
・温度範囲:室温~150℃(オイルクーラ使用時10℃~)
・サンプル量:30mL
図2 ETM本体(左)と試験部(右)
トライボロジー試験用の各種DLC試験片
DLCコーティングは、その低摩擦特性、高い耐摩耗性、化学的安定性、生体適合性、さらには意匠性などから、自動車や金型分野をはじめ様々な産業分野で適用が拡大してきている。
特に自動車分野においては、エンジン部品を中心に広く採用されており、それら部品の潤滑油剤を検討する上では現在、DLCを被覆した表面に対する、各種潤滑油添加剤の諸機能を評価することが求められてきている。DLCコーティングは、sp2結合量およびsp3結合量と水素含有量から、低硬度で水素フリーのa-C膜、高硬度で水素フリーのta-C膜、水素含有量の多いa-C:H膜まで様々な種類があり、また、内部応力を低減させ密着性を高める目的で多層化が図られ、さらに離型性など各種の特性を付与する目的で金属ドープなどがなされている。こうしたDLC膜と潤滑油添加剤との関係性においては例えば、摩擦調整剤の一つであるモリブデンジチオカーバメート(MoDTC)を配合したエンジン油を用いて摺動させた場合に、水素含有DLC膜において摩耗が促進されることが報告されている。
こうした中、PCS Instrumentsでは、様々なDLC膜の表面で潤滑油・潤滑油添加剤を評価したいとのニーズの高まりを受けて、低硬度の水素フリーDLC膜(a-C膜)「Graphit-iC」および高硬度の水素含有DLC膜(a-C:H)「Dymon-iC」をそれぞれ、高速度工具鋼(ハイス鋼)M2ならびに軸受鋼52100に施したボールおよびディスクを用意している(図3、表1)。
図3 DLC試験片
MTMを用いた、MoDTC介在下でのDLC膜の摩擦摩耗特性へのポリマー系摩擦調整剤の影響の評価
Crodaでは、MTM試験機と上述の2種のDLC被覆ボール(sp3結合量50%、40%水素含有DLCボール(Dymon-iC)および水素フリーCrドープDLCボール(Graphit-iC))、さらには相手材となる鋼製ディスクを用いて摩擦摩耗試験を実施、2種のDLC表面における自社のポリマー系摩擦調整剤(PFM)の潤滑性能を比較評価している1)。供試油には、①5W-30欧州ACEA C3エンジン油、②5W-30油+0.5%MoDTC(Mo含有:400ppm)、③5W-30油+0.5%MoDTC(Mo含有:400ppm)+0.5%PFM1、④5W-30油+0.5%PFM1、⑤5W-30油+0.5%グリセロールモノオレイン酸塩(GMO)、⑥5W-30油+0.5%MoDTC(Mo含有:400ppm)+0.5%GMOを用いた。
水素含有DLC(sp3結合量50%、水素含有量40%)ボール/鋼製ディスクの摩擦摩耗試験結果
水素含有DLCボール/鋼製ディスクの摺動において、5W-30欧州ACEA C3エンジン油(①リファレンス油)は、境界潤滑領域において0.11という高い摩擦係数を示したが、摩耗量は水素含有DLCボールで4000μm3、鋼製ディスクで12600μm3と大きくはなかった。
リファレンス油にMoDTCを0.5%添加した供試油②では、速度領域0.1~0.03m/sで摩擦係数が0.09まで低下した一方で、摩耗量はMoDTCの介在によって水素含有DLCボールで10000μm3、鋼製ディスクで70000μm3と大幅に増えた。
5W-30油にGMOを0.5%添加した供試油⑤では、リファレンス油①に比べると摩擦係数がわずかに低く(0.10)、MoDTC添加油に比べても0.1m/s以上の高速度領域において低い摩擦係数を示した。一方、摩耗量は、鋼製ディスクでは5300μm3とリファレンス油①に比べ減ったものの、水素含有DLCボールでは6700μm3と増えた。
MoDTCを含むオイルにGMOを配合した供試油⑥は、リファレンス油①にGMOを0.5%配合した供試油⑤と同様の摩擦係数を示した。また、摩耗量においても、MoDTCのみを配合した供試油②に比べて水素含有DLCボール、鋼製ディスクともに減少し、鋼製ディスクでは12600μm3へと減少した。
水素含有DLCと鋼製ディスクとの摺動において、摩擦調整剤としての効果が最も大きかったのが供試油③および供試油④のCroda製ポリマー系摩擦調整剤(PFM)で、極低速度領域においては摩擦係数の顕著な低下は認められなかったものの、混合潤滑領域において極めて低い摩擦係数を示した。
PFMのみが配合された供試油③では、摩耗量が水素含有DLCボールにおいて90%も低減し、鋼製ディスクにおいても50%以上低減した(図4)。
図5に示すとおり、水素含有DLCボールで高い摩耗量が認められたMoDTC配合油においても、Croda製ポリマー系摩擦調整剤PFMと組み合わせることで水素含有DLCボールにおいても、鋼製ディスクにおいても、摩耗量が80%以上低減する結果となっている。
図4 PFMの配合による摩耗量低減
図5 MoDTC配合油へのPFM添加による摩耗量の大幅な低減
水素フリーDLC(sp2結合、Crドープ)ボール/鋼製ディスクの摩擦摩耗試験結果
水素フリーDLCボール/鋼製ディスクの摺動において、リファレンス油①は低速度領域において水素含有DLCボール/鋼製ディスクの摺動での摩擦係数0.11よりもわずかに大きい値を示した(μ=0.12)。摩耗量も水素含有DLCボール/鋼製ディスクの摺動での結果に比べて大きく、水素フリーDLCボールで125000μm3、鋼製ディスクで50000μm3となった。
MoDTC配合の供試油②では、MoDTCの水素フリーDLCボールの摩擦への影響は認められなかったものの、水素フリーDLCボールでの摩耗量は230000μm3と大幅に増えた。一方で鋼製ディスクの摩耗は32000μm3とMoDTCの配合によって小さくなった。
GMOを配合した供試油⑤が極めて高い摩擦摩耗特性を示し、摩擦係数はリファレンス油①に対し境界潤滑領域で10%低減、混合潤滑領域で10%以上低減した。摩耗量は水素フリーDLCボールで11500μm3とリファレンス油①に対して90%低減し、鋼製ディスクで45500μm3と10%低減した。
GMOを配合した供試油にMoDTCを添加した供試油⑥はリファレンス油と同様の摩擦摩耗特性を示した。このことから、GMOとMoDTCは性能を相殺する形で機能すると考察される。
PFMを配合した供試油③は、リファレンス油①よりも高い摩擦係数を示す結果となった。また、摩耗量は水素フリーDLCボールで176000μm3とリファレンス油①に対して45500μm3と40%増加し、鋼製ディスクでも52000μm3と微増した(図6)。
PFM配合の供試油にさらにMoDTCを配合した供試油④では何と、大幅な摩擦摩耗特性の改善が見られた。摩擦係数はリファレンス油①に比べ20%以上低減した0.10以下で、摩耗量は水素フリーDLCボールで48000μm3とリファレンス油①に対して45500μm3と40%低減したが、鋼製ディスクにおいては59000μm3と20%増加する結果となった(図7)。
図6 PFM配合油では水素フリーDLCボールの摩耗が増加
図7 MoDTC配合油へのPFMの添加により水素フリーDLCボールの摩耗が大幅に低減
今後の展開
MoDTC配合油が水素含有DLC膜の摩耗を促進させる問題に対しては上記の研究以外にもMTM試験機を活用した数多くの研究が進められており、ある種のジアルキルジチオリン酸亜鉛(ZnDTP)などの表面活性添加剤がトライボフィルムを形成しDLC膜の摩耗を抑制するといった研究2)なども近年発表されている。
高荷重トラクション試験機ETMもまた、トラクション試験機MTMと同様に潤滑油・グリースの評価を中心に適用が進められている。電動車両においても減速機が重要な基幹技術となることから、減速機のような高面圧用途でのETMを用いたEHD摩擦の計測評価といった研究3)も始まってきている。
環境負荷低減の意識の高まりとともに、日本国内においても洋上風力をはじめとして風力発電装置用潤滑・グリースやDLCコーティングの研究も活発化してきており、こうした高面圧で稼働する風力発電主軸用軸受などにおける、ころ表面のDLC膜とグリース添加剤とのトライボケミカル反応による超低摩擦機能の発現といった事象なども、ETMによって試験評価が可能と見られている。
PCS Instruments製トライボロジー試験機の国内総代理店を務める島貿易では、表面改質分野でのMTMの適用提案をさらに進めるとともに、こうした高面圧用途での軸受や減速機などでのETMの試験アプリケーションの開拓に努めていく。
参考文献
1) John Eastwood:LUBE MAGAZINE,NO.139,JUNE(2017)33-40.
2) Mao Ueda, Amir Kadiric, Hugh Spikes:Wear of hydrogenated DLC in MoDTC-containing oils, Wear 474-475 (2021) 203869.
3) Jie Zhang, Hugh Spikes:Measurement of EHD Friction at Very High Contact Pressures, Tribology Letters (2020) 68:42.
kat
2024年9月30日 (月曜日)