日本トライボロジー学会(JAST)は5月25日~27日、東京都渋谷区の国立オリンピック記念青少年総合センターで、「トライボロジー会議 2026 春 東京」(実行委員長:宇宙航空研究開発機構(JAXA) 松本康司氏)を開催、会期中の26日に「2025年度日本トライボロジー学会賞」表彰式を開催した。
論文賞
「真空用玉軸受ユニットの長寿命化および大口径高速化」
横山 崇氏・間庭和聡氏・小原新吾氏(宇宙航空研究開発機構)、美佐田泰治氏・加藤弘之氏・山川和芳氏(ジェイテクト)
人工衛星の駆動機器に使用される軸受は微量な油やグリースで潤滑され、低軌道周回衛星の場合7~10年、静止軌道衛星の場合15~20年にわたり、低トルクで安定的に回転することが求められる。さらに、人工衛星の姿勢制御性能向上に必要なアクチュエータ用軸受では大口径化と高速回転化が必要となり、基油の蒸発や飛散、保持器自励振動(リテーナインスタビリティ、RI)の抑制が技術課題となる。
本論文では、グリース潤滑相当の長寿命と油潤滑による安定的な低トルクの両立を狙い、軸受近傍の空間にグリースを充填し、その空間と軸受との間に多孔質体を設置することでグリース中の基油のみを表面張力によって軸受に供給する構造を提案した。グリースから多孔質体を通り軸受内しゅう動部に至る基油移動経路を段階的に分解し、各移動現象を摩擦試験、蛍光剤等によって実験的に確認した。さらに、軸受ユニットにより寿命試験を実施し、加速試験法を用いて低軌道周回衛星の観測センサ等を想定した回転条件により約20年に相当する寿命を実証し、提案した構造の実現性を示した。加えて、大口径軸受により最高DN値(内径mmと回転数min-1の積)30万条件下での高速回転試験を実施した。高DN値条件下では保持器を外径面で案内する方式を用いることで回転速度に応じた適切な基油供給がなされ、RI抑制に寄与することを示した。
また、グリース充填部と軸受の質量変化から基油供給速度を定量的に求め、人工衛星の要求寿命を満足し得る基油供給の持続性を示した。
このように、本論文は長寿命と安定的低トルクを両立する軸受ユニット構造の提案および実証に加え、基油移動メカニズムの解明と基油供給速度に対する保持器案内方式と初期油量の重要性を明らかにしたものである。

ジェイテクト 美佐田泰治氏・加藤弘之氏・山川和芳氏
「Spalling Life Prediction for Rolling Bearings Using a Model with Stress Intensity Factor and Statistical Evaluation of Non-Metallic Inclusions」小俣弘樹氏・橋本 翔氏・土信田知樹氏・内田啓之氏・植田光司氏(日本精工)
本論文は、転がり軸受の寿命評価に破壊力学を適用することで、その耐久性を高精度に予測する手法を提案したものである。
転がり軸受はさまざまな産業機械の回転部に使用される機械要素である。使用時には軌道輪と転動体に大きな繰返しの接触応力が作用するため、はく離と呼ばれる疲労破壊が生じる。適切に転がり軸受を選定するためには、はく離寿命を精度良く予測することが重要であり、特に、はく離に及ぼす潤滑環境の影響に着目した多くの研究がなされてきた。一方、良好な潤滑環境では、軸受鋼に不純物として含まれる非金属介在物を起点としたはく離が生じることが知られている。しかしながら、介在物ははく離の主因であるにもかかわらず、その影響を考慮した寿命予測法は確立されていなかった。その結果、今日の転がり軸受は、ISOなどで規定された寿命計算値に対して10倍以上の耐久性を発揮することもある。このことは、健全に回転し続けている転がり軸受の多くは、その耐久性に十分な余裕を有している可能性が高いことを示唆する。
本研究では、転がり軸受軌道輪に微小欠陥を導入した耐久試験法により破壊力学の適用を可能にし、はく離寿命に及ぼす欠陥寸法の影響を定量的に評価した。また、試験結果から欠陥寸法を考慮した寿命計算式を導出した。加えて、超音波探傷を用いた介在物評価法により介在物寸法の統計データを取得し、寿命計算式と組み合わせることで、介在物寸法のばらつきを考慮した寿命予測法を提案した。本研究成果により、より適正な転がり軸受の設計・選定が可能になり、転がり軸受が本来持っている耐久性を余すことなく安全に使い切ることで、長期的に省資源化に貢献しうることが期待される。

日本精工・橋本 翔氏・土信田知樹氏・植田光司氏
「Active Control of Lubricant Flow Using Dielectrophoresis and Its Effect on Friction Reduction」村島基之氏(東北大学)、青野和馬氏・梅原徳次氏・野老山貴行氏(名古屋大学)、Woo-Young Lee氏(Korea Photonics Technology Institute)
機械システムの省エネルギー化において、摩擦特性を動的に変化させる能動的摩擦制御は極めて重要な研究テーマである。本論文では、不混和な2種類の液体で構成される潤滑剤に対し誘電泳動(DEP)を作用させることで摩擦係数を低減させる新たな手法を提案した。
研究では、透明なITO膜を電極として備えたローラオンディスク型摩擦試験機を独自に開発し、PAO4を溶媒、PG(プロピレングリコール)を滴下液体とする潤滑剤を用いた。この潤滑剤に対して交流電圧を印加した場合の摩擦特性の変化を観察し、同時に透明電極裏面からの顕微鏡観察によって潤滑液の挙動を解析した。1mm幅のローラ試験片を用いた摩擦実験の結果、交流100Vの電圧印加時にPGの液滴が接触部へと誘引され、安定したPGの油膜トラックが形成されることが観察された。この時の摩擦係数はμ=0.052であり、無印加時のμ=0.065と比較して約20%の低減効果があることが明らかにされた。一方で、1000Vの高電圧印加時には、PGがローラのエッジ部に凝集し、接触部全体にはPG潤滑膜が形成されない状態であることが観察された。
本論文で実施した有限要素法(FEM)解析では、エッジ部方向に働く誘電泳動力が電圧の上昇により大幅に増加することが示され、in-situ観察で得られた現象のメカニズムが解明された。このように本論文は、電気的な入力によって摩擦界面における潤滑剤の流動・分布を直接制御できることを実証した点において学術的価値が高い。また、運転条件や環境に応じて最適な潤滑状態を選択的に維持するインテリジェントな潤滑システムの実現可能性を示しており、トライボロジー分野における実用的価値も高いものと認められる。

「マイクロSEIRASによるオレイン酸界面濃縮のその場観察」
田巻匡基氏(出光興産)、星 靖氏(一関工業高等専門学校)、七尾英孝氏(岩手大学)、滝渡幸治氏(一関工業高等専門学校)、上村秀人氏(出光興産)、森 誠之氏(TSラボ)
本論文は、赤外分光法を高感度化する表面増強赤外分光法(SEIRAS)と顕微フーリエ変換赤外分光法(FTIR)を組み合わせた新規観察手法を開発し、せん断下におけるオレイン酸の界面濃縮現象を観察・考察したものである。
開発した手法は、顕微FTIRに、増強薄膜であるAu薄膜を導入したSi半球プリズムを組み合わせたものである。本手法は、測定範囲15μm角においてAu薄膜上の高感度観察を可能とすることから、マイクロSEIRAS法と命名された。オレイン酸1mass%の潤滑油を静的条件で観察した結果、オレイン酸のカルボニル基に由来する吸収が従来のFTIRと比べて著しく増強され、Au表面へのオレイン酸の濃縮が示唆された。これにより、本手法が金属表面の吸着膜観察に有用であることが明らかになった。
さらに本論文では、マイクロSEIRASを用いて、せん断下におけるオレイン酸の界面濃縮の観察に成功している。オレイン酸0.1mass%の低濃度潤滑油を対象に0.1m/sのせん断下で測定を行ったところ、せん断の時間経過とともにカルボニル基の吸収が明確に増加し、せん断停止後もその吸収強度が維持された。これは、せん断による潤滑油の撹拌効果によってオレイン酸分子が界面近傍に移動してオレイン酸の濃縮層が形成され、一旦形成した濃縮層は界面近傍に留まったことを示すものである。
SEIRASスペクトル解析より、界面濃縮したオレイン酸は単量体と二量体であることが明らかになった。
本論文で得られた知見は、せん断下における潤滑基材の作用メカニズムを理解する一助になるとともに、潤滑油の処方設計の新たな指針を提示するものである。今後、本手法の適用範囲の拡大により、せん断下における潤滑現象の解明が一層進むことが期待される。

技術賞
「耐白層はく離性と高防錆性を両立させた自動車用軸受向けグリースの開発」
髙原加奈子氏・三宅一徳氏・西 要氏(ジェイテクト)
自動車や産業機器の多様化により、軸受にはさまざまな使用環境での利用が求められている。用途によっては、性能を発揮するために両立が困難な異なる機能が要求される。本技術は特に、エンジン補機用軸受で求められる耐白層はく離性および防錆性の両立を実現するため、形成が困難である表面膜の両立を添加剤設計により行ったものである。
一般に、白層はく離の抑制および被水による錆防止には、異なるグリース添加剤による表面膜形成が有効である。グリース添加剤による耐白層はく離性には、強固な反応膜の形成が有効であり、一方、防錆性には、速やかに表面を被覆する吸着膜の形成が有効である。しかしながら、高い防錆性に寄与する吸着膜は、耐白層はく離性に寄与する反応膜と競争的に作用し、相互の膜形成を阻害するために両立が困難であった。そこで本技術では、耐白層はく離性および防錆性に必要な表面膜形成の両立に向けて新しい着眼点で見直している。これらの添加剤が同時に存在する場合、防錆性のために必要な吸着膜が先に形成され、耐白層はく離性のための強固な反応膜形成を阻害する。機能両立のためには、吸着膜よりも先に反応膜の形成が必要と考え、耐白層はく離性を付与するための添加剤であるジアルキルジチオリン酸亜鉛(ZnDTP)の分解反応に着目している。この種類の添加剤における反応膜の形成性を分子構造から検討し、同時に防錆性のための吸着膜の表面反応性の検討を行った。その結果、複数のZnDTPを併用することにより、広温度範囲域で防錆剤よりも優先的にZnO反応膜が形成し、その後、吸着膜が形成する設計指針を見いだした。
本成果は、困難であった耐白層はく離性と高防錆性を両立可能とする技術であり、グリース技術の発展とともに、開発したグリースは自動車部品の寿命向上、信頼性向上に貢献する技術である。

「新規ナノサイズ二硫化モリブデンの合成と固体潤滑剤への展開」
小寺史晃氏・Siti Masturah Binti Fakhruddin氏・袁 建軍氏(DIC)・高野紘一氏(ADEKA)
本技術は、独自のボトムアッププロセスを介して汎用的な固体潤滑剤である二硫化モリブデンに特徴的な粒子形状と結晶構造を付与したナノ粒子を合成するとともに、この粒子を潤滑添加剤として使用することで低摩擦や耐摩耗性といった機能を潤滑剤に付与するものである。
シート形状の微細な二硫化モリブデン粒子とすることで、効率的に狭小な摺動界面に侵入して定着しやすい特徴を付与するので、天然由来の破砕分球品である二硫化モリブデンに比べて大きな摩擦低減効果が期待される。また、人工的なプロセスで合成されるため、天然由来の二硫化モリブデンと異なり鉱床由来の不純物を含まない高純度かつ安定した品質の二硫化モリブデンを生成できる。
エンジンオイルへの適用については、市場流通のエンジンオイルを使用する以外はJASO M365に準拠したエンジントルク試験を実施し、エンジンの摩擦低減に起因すると見られる燃費改善率の向上を確認した。さらに、MoDTCと併用することで燃費改善率は最大0.27%向上した。
固体潤滑被膜への適用については、FALEX試験において天然由来の二硫化モリブデンを用いた塗膜組成物と比較して2倍の被膜寿命を確認した。塗膜組成物が含有する二硫化モリブデンの一部を本技術に置き換えることでも、被膜寿命の改善が維持できた。
本技術は、多様な摺動界面において、添加剤として介在することで、摩擦・摩耗の低減による機械システムのエネルギー効率向上と長寿命化に寄与しカーボンニュートラルに貢献することが見込まれる。
また、優れた固体潤滑性を有することから、極限環境下における機械の信頼性向上や新たなシステムの開発といった要請に応える材料として大いに期待できるものと捉えている。

DIC 袁 建軍氏、ADEKA 高野紘一氏
「家庭用冷蔵庫向け低粘度冷凍機油の開発」
髙木智宏氏・奈良文之氏・安東諒氏(ENEOS)、権藤政信氏(パナソニック)
本技術は、冷蔵庫に搭載される冷媒圧縮機において、消費電力の削減に寄与する冷凍機油に関するものである。冷蔵庫を含む一般的な冷凍空調機器の消費電力において、80%以上が圧縮機で消費されるとの試算がある。レシプロ圧縮機では、冷凍機油の動粘度を低減すると摩擦損失や撹拌抵抗が抑えられ、その結果として消費電力も低下するため、冷凍機油の低粘度化が市場で求められている。そのような背景から、R600a(イソブタン)が充填される家庭用冷蔵庫では、現在、VG 5~8(40℃動粘度:5~8mm2/s)の炭化水素系冷凍機油が多く用いられている。消費電力の削減のさらなる市場ニーズに対応するため、VG 3(40℃動粘度3mm2/s)の冷凍機油を開発した。
一般的には、動粘度の低減により摩擦係数は下がるが、それに伴い引火点も低下する課題を有する。
引火点は、加熱により気化した基油成分等が燃焼し始める温度を表すため、軽質成分の影響を強く受ける。そこで、基油組成を調整することにより、所定目標を満足する基油処方開発に成功した。また、低粘度化に伴う別の課題として耐摩耗性悪化が挙げられ、添加剤により性能を向上させる必要があった。
冷凍機油では、熱交換器等の銅配管の腐食や、スラッジ生成による膨張弁閉塞等を発生させないため、安定性に優れるリン系添加剤が主に使用されていた。今般、耐摩耗性を向上させるため、安定性が良好な硫黄系添加剤を選定し配合した。机上の摩擦試験だけでなく、市場での長期耐久性を担保する数千時間の実機試験を実施した。
その結果、実機における表面処理等は新たに施すことなく、VG3の本開発油は、既存VG5の冷凍機油と同程度の耐久性を示した。加えて、カロリーメータを使用した圧縮機の成績係数(COP)を測定した結果、既存のVG5対比で1%以上の効率向上を達成した。

ENEOS 安東諒氏、パナソニック 権藤政信氏
「風力発電装置用増速機の安定稼働およびメンテナンスフリー化に寄与する次世代ギヤ油の開発」
横山 翔氏・甲嶋宏明氏・吉田幸生氏(出光興産)、鷲津仁志氏(兵庫県立大学)
本技術は、風力発電装置用増速機の安定稼働とメンテナンスフリー化に寄与する、長寿命・高信頼性ギヤ油の開発に関するものである。
風車は大型で洋上・山間部などの難アクセス地点に設置されるため、更油や故障修理は大規模となり事業者の負担が大きい。風車寿命約20年に対し増速機油の平均更油間隔は約5年であり、運用期間中に3回以上の更油が必要となる。また、初充填油にはIEC 61400-4等の規格適合が求められるが、欧州風車メーカー指定油においても早期に摩耗粉が観察されるケースが認められている。そのため、スカッフィング(歯面焼付き)、マイクロピッチング(歯面の表面起点型の微小疲労)、軸受摩耗などのトライボロジー起因損傷の低減と高い酸化安定性の両立が課題であった。
本技術では、マルチスケールトライボ解析および実験により得られた極圧剤の最適化知見を活用した極圧剤処方により歯面損傷を抑制した。さらに新規ポリマー系化合物を併用することで軸受耐摩耗性を高めるとともに、酸化劣化を抑制した。
開発油は市場油比約3倍の酸化安定性を示し、更油周期を5年から15年へ延長できる見込みである。
無故障で20年稼働すると仮定した場合、更油回数を3回から1回へ低減でき、大規模修理やメンテナンス回数の削減による労働負荷軽減に貢献可能である。開発油は、風力発電機において今後ますます重要となる機械要素の安定稼働およびメンテナンスフリー化に貢献する潤滑剤として、運用・維持管理コストの低減に寄与し、ひいては日本における風力発電の普及に寄与すると期待できる。

出光興産 甲嶋宏明氏、兵庫県立大学 鷲津仁志氏
奨励賞
「カルシウムスルホネートによる添加剤由来トライボフィルムの耐摩耗性向上メカニズムの解明に関する研究」
林 優美氏(住友重機械工業)
産業機械は歯車、軸受、オイルシールなどの機械要素で構成され、多くのしゅう動部を有している。
これらのしゅう動部において、摩擦および摩耗の低減は機械の性能向上や長寿命化に直結する重要な課題であり、潤滑油添加剤はその中核を担っている。一方、実用潤滑油では複数の添加剤が併用されるものの、添加剤間の相互作用による摩耗低減メカニズムは十分に解明されていない。
本研究では、ZnDTP、MoDTC、およびカルシウムスルホネートを複合添加した潤滑油を対象とし、トライボフィルムの形成過程および摩耗挙動をナノスケールからマクロスケールまで体系的に解明した。
AFMその場観察およびAFMスクラッチ試験により、カルシウムスルホネート併用系では、非併用系と比較して平滑かつ厚いトライボフィルムが形成され、耐スクラッチ性が向上することを明らかにした。
また、往復動摩擦摩耗試験により摩耗量の低減傾向が確認され、ナノスケールで観測されたトライボフィルム形状とマクロな摩耗特性との対応関係を見いだした。さらに、FIB-TEMおよびSTEM-EDSによる断面構造解析から、カルシウムスルホネート併用系では、カルシウムおよびリンを含む厚い複合膜が形成され、その下層には硫黄およびモリブデンを含む層が存在することを明らかにした。これらの結果より、複合膜の形成に伴うトライボフィルムの形状変化および厚膜化が摩耗低減に寄与するメカニズムを提案した。
本研究で得られた知見は、複合添加油におけるトライボフィルム形成と耐摩耗性との関係を明確化した点に意義があり、添加剤作用機構に基づく潤滑油設計指針の構築に資するものである。また、本研究で開発した評価手法は他の潤滑系にも応用可能であり、産業機械の摩耗低減および長寿命化への貢献が期待される。
「軸受の耐電食性を向上するグリース配合設計技術に関する研究」
山下侑里恵氏(ジェイテクト)
本研究は、自動車の電動化に伴いモータ近傍で使用される軸受などにおいて課題となっている電食による軸受の寿命低下に着目したものである。本課題に対して、グリースの組成および性状が電食寿命に及ぼす影響を明らかにするとともに、耐電食性を向上させるグリースを開発し、導電グリースの配合設計指針を提案した。
電食の発生は軸受の静粛性や寿命に影響を及ぼすため、設計、材料および潤滑の観点から導電性もしくは絶縁性を付与する対策がなされている。導電性を付与する主な方策には、接地リング、カーボンブラック(CB)含有導電グリースがあり、前者は追加部品が必要となり、後者は経時変化により絶縁化する課題がある。一方、絶縁性を付与する場合は、絶縁材料(セラミックボール)の採用などがあるが、高コストとなる。そこで、単純な軸受構造を維持しつつ低コストで長時間の耐電食性の付与を可能とする新規グリースの検討に取り組んだ。
本研究では、導電性グリースに着目し、まず導電性が低下する原因を共焦点レーザ蛍光顕微鏡による三次元観察により明らかとしている。導電性グリースの導電性劣化の要因は、しゅう動中にCBが初期よりも大きな凝集体となり、導電経路が切断されるためであることを見いだした。そこで、導電性付与剤として偏析しにくい有機親和性鉱物添加剤を選定し、体積抵抗率を低減し、かつ長期的な安定性の確保を試みた。さらに、基油種や増ちょう剤種に関しても導電性の観点から最適な分子構造の仮説を立案し、実験的にその正しさを明らかにした。これらの結果をもとに、導電性付与剤と最適化された基油および増ちょう剤の設計指針により、優れた電食寿命を示す新規の導電性グリースを開発した。
本研究成果は、グリースの配合設計により電食寿命を向上させる新たな指針を示すものであり、グリースの耐電食性向上および長期安定化に貢献する技術として、本分野の発展に寄与することが期待される。
「転がり軸受のフルーチング形成メカニズムの解明」
葛谷紘澄氏(NTN)
本研究は、インバータ駆動モータにおける軸受のフルーチング形成について、影響を与える電気的因子の調査と、潤滑油への極圧剤添加による抑制効果の検証を実施したものである。
転がり軸受には電食と呼ばれる軸受内部を通過する電流により生じる損傷があり、代表的な損傷形態に波板状の凹凸を形成するフルーチングがある。これは軸受回転時の振動・騒音特性を悪化させ、特に軌道面の疲労損傷よりも短期間で品質機能の低下を招く。近年はモータ駆動電圧の高電圧化や高周波化により、モータ支持軸受へ電圧が印加される機会が増え、電食の顕在化が懸念される。このためメカニズム解明と対策が、より一層重要となっている。
本研究では、まず軸受のフルーチング形成に影響を与える因子として軸受に印加する電流値および電気エネルギー量について調査した。その結果、フルーチング形成において一定値以上の電流値および電気エネルギー量の印加が必要であることを明らかにし、これらの印加量を低減させることがフルーチング進展抑制に有効であることを示した。
次に損傷の低減方法として軌道面への被膜形成、すなわち潤滑油に添加する極圧剤によるフルーチング抑制効果を検討した。その結果、絶縁性反応膜を形成するリン系極圧剤による抑制効果を確認した。
すなわち、軸受の電食対策として潤滑油へのリン系極圧剤の添加が有効であることを示した。
以上のように、本研究ではフルーチング形成に影響を与える因子と潤滑油への極圧剤添加による有用な知見が得られた。本成果は軸受電食発生メカニズムの解明および対策確立に寄与し、今後さらに電食の予測方法を確立することで軸受の信頼性向上が期待される。
「油潤滑玉軸受の転がり粘性抵抗式の高精度化」
江川航平氏(NTN)
本研究は、玉軸受のトルク低減および高精度予測技術の確立を目的として、軸受トルクの主要因である転がり粘性抵抗式の高精度化と、この式を用いた玉軸受のトルク計算手法の構築・実験検証を行った。
転がり粘性抵抗は軸受トルクの主要因であることが知られている。したがって、軸受の運動、トルク、発熱量等の計算精度は転がり粘性抵抗の計算精度に大きく依存するため、これまでいくつかの簡易計算式が報告されてきた。一方、これらの簡易計算式はEHL解析領域の違いにより計算値が大きく異なるという課題があった。本研究では、任意の解析領域に対応可能な転がり粘性抵抗式を提案し、十分潤滑下において、軸受に作用する転がり粘性抵抗を高精度に推定できることを示した。続いて、上記の式に無次元入口メニスカス距離を導入し、油不足(スターベーション)によって転がり粘性抵抗が低下する現象を表現可能とした。これにより、計算領域(潤滑油量)の変化に伴う転がり粘性抵抗の変化を扱うことができ、高速回転時などの潤滑油の供給が制限される条件においても、適切に評価できる式を提案した。
さらに、本研究で提案した式を玉軸受のトルク計算へ適用し、十分潤滑下における計算値と実測値を比較した。その結果、本計算手法が実測値を高精度に再現できることを明らかにした。加えて、中・低速域における玉軸受トルクの主要因は転がり粘性抵抗と接触部における微小すべりに起因するトラクションであり、転動体-保持器間のせん断抵抗やドラッグ力の影響は比較的小さいことを示した。
以上の成果は、玉軸受の低トルク化設計および高精度性能予測技術の発展に寄与するものである。今後は、入口メニスカス距離の影響を考慮することによる、軸受トルク推定精度のさらなる向上が期待される。
「低炭素・循環型社会に貢献する潤滑油の延命/再生技術」
大久保花菜氏(三菱重工業)
低炭素・循環型社会の実現に向けて、マテリアルリサイクルおよびサプライチェーンにおけるCO2削減が求められている。機械で使用される汎用的な鉱物油は,化石燃料から作られ炭素を含んでおり、産廃処分で焼却されるとCO2が発生する。
従来、多数のユーザーから廃油を回収し、再蒸留で基油を取り出して再生油を得るアプローチがあるが、廃油回収時および蒸留時等でエネルギーを要し、化石燃料を使用した場合は低炭素とは言い難い。
これに対して本研究では、廃油回収が不要かつ再生時に熱を用いないオンサイト型の方法として、添加剤補給による潤滑油の延命技術および酸成分除去による潤滑油の再生技術の検討を行ったものである。
潤滑油は使用に伴い徐々に劣化し、酸化劣化の指標であるRPVOT(Rotating Pressure Vessel Oxidation Test)残存率が低下すると、酸価の上昇やスラッジ量の増加が発生し、機械部品に悪影響を及ぼす恐れがある。そこで、潤滑油の管理値を基準値内に維持し続ければ、潤滑油の交換は実質不要になると考えた。
試験ではまず、異なる劣化油に酸化防止剤を補給することでRPVOT値が回復すること、管理基準値を下回った油は回復しにくいことを確認した。また、この添加剤補給による潤滑油の延命が繰り返し可能であることを実証した。
次に、延命に限界が来た場合でも老廃物を除去することで酸化防止剤の効果を再発揮できると考え、ろ材による酸成分除去能力を調査し、シリカが最適であることを確認した。そして、シリカによる潤滑油の再生も繰り返し可能であることを検証した。
試験の結果から、潤滑油のRPVOT残存率が低くならないよう定期的に添加剤補給を行い、RPVOT残存率を高めに維持すること、また老廃物が蓄積した段階でシリカを用いて酸成分を除去し新油相当に戻すことで添加剤補給の効果を高める、潤滑油の延命と再生の組み合わせが可能である見込みを得た。本研究で得られた知見および成果は、潤滑油のマテリアルリサイクルに寄与し、低炭素・循環型社会に貢献すると期待される。
「深層学習と説明可能AIを用いたトライボフィルム化学組成と耐摩耗性能の相関解析」
横山 崇氏(宇宙航空研究開発機構)
本研究は、月面有人探査等で想定される高負荷に適した潤滑油を効率的に開発するために、機械学習を用いた新たな手法により、真空中においてリン/硫黄含有耐摩耗剤の性能に対し強い影響を及ぼすトライボフィルムの化学組成を明らかにするものである。
著者らはこれまで、耐摩耗剤の分子構造データと摩擦試験で得た摩耗量データを用い、機械学習により真空中で耐摩耗性能を発現し得る分子構造を特定してきた。しかし、この解析には、耐摩耗性に重要な役割をなすトライボフィルムに関する情報が含まれていなかった。
そこで本研究では、大気中および真空中で形成されたトライボフィルムの化学組成をXPSで分析し、これら組成データとしゅう動条件から摩耗量を予測する深層学習モデルを構築した。さらに、説明可能AIを用いて深層学習の予測根拠についても解析、検証を進めた。その結果、耐摩耗剤の性能に最も強く相関を持つ因子は大気の有無であること、また、真空中ではリン酸塩トライボフィルムの形成量が摩耗低減と相関を持つことなどを定量的に明らかにした。さらに、これらの結果を導いた予測根拠が、これまで報告されている知見と整合していることも確認され、見いだした相関関係がメカニズムとして妥当であることを示した。
以上の通り、本研究により、真空中での耐摩耗性実現に効果的なトライボフィルムの組成などを特定でき、この知見は真空に適する耐摩耗剤の化学設計指針になることが期待される。また、説明可能AIと既往知見を組み合わせることで、耐摩耗性の予測に留まらず、作用メカニズムの因果を明らかにできる新たな機械学習の活用法も示され、複雑で多様なトライボロジー現象の理解に貢献することが期待できる。

三菱重工業 大久保花菜氏、佐々木JAST会長、住友重機械工業 林 優美氏、
NTN 葛谷紘澄氏・江川航平氏

