工作機械技術振興財団(理事長:安達俊雄 日本機械工業連合会 顧問)は6月17日、東京都港区の第一ホテル東京で「第46回工作機械技術振興賞贈賞式」を開催した。

同財団は、学術および科学技術の振興を目的として、牧野フライス製作所の創業者・牧野常造氏らの寄付により、1979年に通商産業(現経済産業)大臣の許可を得て設立。工作機械の開発、生産、利用に関する基礎的、応用的な技術の開発に関わる助成を通じて、工作機械の品質・性能の向上、生産および利用の改善や合理化に携わる研究者・技術者の養成に寄与することにより、機械産業の健全な発展に資し、もって国民経済の発展に寄与することを目的としている。
当日はまず、安達理事長が開会の挨拶に立ち、「当財団は創設以来40余年にわたり工作機械技術の振興を目的として試験研究を助成するとともに、この分野のすぐれた研究成果に対し工作機械技術振興賞を贈賞してきた。本日贈賞および試験研究助成を受けられる皆様には心よりお祝い申し上げるとともに、日ごろの研鑽に対して深甚なる敬意を表したい。今回の贈賞を含め当財団がこれまでに贈賞してきた工作機械技術振興賞の累計は、論文賞、奨励賞、隔年実施の人財育成賞を合わせて714件2583名に達し、試験研究助成については、比較的歴史の浅い特別試験研究助成の20件を含めて累計322件となる。財団の事業は地道な活動だが、工作機械技術の進歩・向上に間接的ながら着実に寄与したものと考えている。財団を取り巻く環境、我が国経済を取り巻く環境は大きな変化の時代を迎えているが、“継続は力なり”の信念のもと、財団として引き続き社会貢献を着実に進めていきたい」と力強く述べた。

続いて、第46回工作機械技術振興賞についての審査報告が、伊東 誼(東京科学大学 名誉教授)審査委員長よりなされ、論文賞について「我が国がドイツに後れを取っている「工作機械の構造設計」および「生産システムのシステムレイアウト問題」というハードウェア関係の論文を大いに期待しているが、現時点では保守本流の構造に関わる研究が皆無に等しい状況にある。確かに研究は難しいが是非チャレンジしていただきたい」とコメントした。また、奨励賞については「110編の候補から6編が選定されたという厳しい競争を勝ち残った」と評価した後、「財団としては人財育成を一つの目標としており、贈賞を機に、さらなる発展の一助となるよう、審査の過程で各委員から提起された意見を委員長がまとめ、贈賞対象者に提示できるようにしている。論文賞や奨励賞の研究についてそれぞれ、評価できる点や今後期待する点といったコメントがついた資料をお渡しするので、是非とも今後の研究の参考にしていただきたい」と受賞者を鼓舞した。

大学、高専、公的研究機関および企業の研究者などを対象に工作機械の発展・進歩に大きな貢献が期待できる独創的な論文に対し表彰する工作機械技術振興賞「論文賞」は、日本機械学会、精密工学会、砥粒加工学会、電気加工学会の四つの学会の推薦と、研究者が所属する機関の長の推薦により応募がなされた中から選出され、今回は以下のとおり5件19名に贈賞がなされた。
・「スクライブによる残留応力場での亀裂伝播の方向性」村上久美子氏・曽山 浩氏・池内亮輔氏・北市 充氏・川畑孝志氏(三星ダイヤモンド工業)
・「SiCの精密レーザスライシング 第4報:短パルスレーザによる高速・高安定加工の検討」山田洋平氏・小松崎怜美氏・菊池 拓氏・池野順一氏(埼玉大学)
・「異常検知と画像分類を併用したボールエンドミル摩耗状態判定システムの開発」児玉紘幸氏・小久江颯人氏・西 隆宏氏・大橋一仁氏(岡山大学)
・「Fundamental Study on Jetting Nozzle Diameter for Smooth Debris Exclusion in Wire EDM」Shixian LIU・岡田 晃(岡山大学)
・「光造形方式3Dプリンタを用いた砥石製作システムの構築―複合ボンド砥石による定圧研削の高性能化―」吉田凛太朗氏(茨城大学)、稲澤勝史氏(栃木県産業労働観光部)、大森 整氏(理化学研究所)、伊藤伸英氏(茨城大学)

また、将来の工作機械の発展を担う人材育成の一助として優秀な卒業論文を発表した学生およびその指導教官に対し表彰する「奨励賞」では今回、以下のとおり5件20名に贈賞がなされた。
・「モバイルマニピュレータを用いた機械学習による切りくず検知・除去システムの開発」木村勇翔氏・柿沼康弘氏(慶応義塾大学)
・「コンパクトPBF-LB/M装置の開発とレーザのエネルギ密度分布が造形物の特性に及ぼす影響」中屋輝空氏・江面篤志氏(三条市立大学)、柚直彦氏(ワイヤード)
・「3次元内部構造顕微鏡とX線CTを用いたSLIM造形されたAl-Mg-Sc合金の欠陥の定量評価」鈴木環太氏・森田晋也氏・會田優希氏(東京電機大学)、山下典理男氏・横田秀夫氏(理化学研究所)
・「放電加工におけるプラズマおよび気泡の挙動に関する混相流解析」赤坂優太氏・劉 世賢氏・岡田 晃氏(岡山大学)
・「X線CTを利用したCMP用ポリシングパッドの3次元内部構造解析―ポリシングパッド内部のポアの分布状況の把握―」大山陽史氏・黒河周平氏・林 照剛氏(九州大学)、檜山浩國氏・和田雄高氏・安田穂積氏・林 俊太郎氏(荏原製作所)

続いて、第46回試験研究助成では、研究助成Aとして6件、学生を対象とする研究助成Bとして3件、プロジェクトを対象とする特別試験研究助成として3件が選定された旨の発表がなされた。
その後、経済産業省製造産業局産業機械課長の須賀千鶴氏が来賓の挨拶に立ち、「皆様の優れた研究成果とたゆまぬ努力が本日の受賞に結び付いたもの。お祝い申し上げたい。工作機械技術振興財団においてはこれまで、継続的な助成を通じて、工作機械の性能向上や利用の高度化に関わる研究者や技術者の養成に尽力をいただき、感謝している。我が国の工作機械産業は長年にわたり世界中のユーザーからの多様な要請に応えることで高い信頼を獲得し、世界トップクラスのシェアと評価を獲得するまでに成長した、我が国製造業を代表する基盤ともいうべき産業。工作機械産業を取り巻く環境は大きく変化しており、諸外国との市場競争も激化している。日本が技術優位性を有することは経済安全保障上も大変重要で、政府としては経済安全保障推進法に基づく「特定重要物資」に工作機械と産業用ロボットを位置付けている。今後も積極的な投資や開発を行う事業者を政府としてもしっかりと支えていきたい。工作機械産業はマザーマシンとして、生活用品から航空宇宙部品に至るまで幅広い製品の生産に不可欠な製造業の基盤であり、GXの観点では工作機械そのものの省エネルギー化に加え、自動車のEV化に伴う加工精度の高度化や難削材の加工の実現が、またDXの観点では工作機械の複合化や自動化、機上計測による自動補正、工作機械と周辺機器のデータ連携など、製造業での新たな価値や市場ニーズへの対応も期待されている。今回の贈賞対象・助成対象となる皆様の取り組みとしては、こうしたGXやDXに対応した技術が多いと認識している。皆様の取り組みは工作機械産業の将来にわたっての競争力の強化に資するものであり、今回の受賞を一つのステップとして業界の発展をさらに牽引していただくよう期待している」と語った。

贈賞式に続いて、奨励賞と論文賞の贈賞対象者を代表して、以下のとおり講演会が行われた。
奨励賞受賞講演「加工液フラッシング最適化によるワイヤ放電加工特性の向上」岡田晃氏(岡山大学)…ワイヤ放電加工の効率化や信頼性向上を目的に、加工粉の排出の最適化のための数値流体解析(CFD)を実施した。固液二相流の解析で用いられるラグランジェ法を使って、ノズル内径やノズル噴射角、ノズル形状を変えた際の流れ場の変化・加工粉排出の軌跡を解析。ノズルの内径が大きいほど加工速度が増加し、短時間でスムーズに加工粉を排出できることが分かった。また、ワイヤ放電加工で見られる加工開始時のワイヤ断線問題について解析した結果、端面から数mm加工したあたりで断線した事例を見ると、流れ場が不安定で加工粉の排出に時間がかかっていることや、ワイヤにかかる放電圧力に加えて加工液フラッシングによる流体力という二大圧力によってワイヤの撓み量が増大していることが分かった。今後は、ラグランジェ法に加えてオイラー法も併用することで固気液三相流解析モデルによる気泡排出の影響や最適排出条件の探索などを行う、と総括した。

論文賞授賞講演「3Dプリンタを用いた砥石製作システムの構築」稲澤勝史氏(栃木県産業労働観光部)…高機能かつオンデマンドな砥石製作を目指し、光造形方式の樹脂3Dプリンタを用いた新しい砥石製作システムの開発を進めた。実験により、複合する樹脂の膨潤特性の差異を利用し、加工圧力を増大させる砥石と、砥粒切れ刃高さを低減する砥石を開発。表面粗さ向上パターン砥石では、表面粗さの向上を確認した(粗大砥粒を用いても高品位面の創生が可能)ほか、使用する砥粒径と樹脂の膨潤量に最適な組み合わせがあることが確認された。また、除去量向上パターン砥石では、除去能力の向上が確認されたほか、突起のパターンや面積を変更することで加工特性をコントロールできることが分かった。

講演会終了後は技術交流会が開催され、乾杯の挨拶に立った電気加工学会 会長の武沢英樹氏(工学院大学)は、「今回厳しい競争を勝ち抜いて受賞された皆様は今後、自信を持って研究を進めていただければと思う。特に奨励賞および試験研究助成Bの対象となる若い研究者は、この先まだまだ時間があるので、今回の受賞を励みに工作機械あるいは生産工学に関する研究を継続していただきたい。さて、来年設立60周年を迎える我々の電気加工学会は放電加工あるいは電解加工などの電気加工を中心とした学術団体だが、元々はあらゆる産業の核となる金型の高性能化を図るべく、放電加工を中心とする研究者が集まって設立したもので、産業界に直に技術を提供すべく新しいものを研究しよういう意図だった。工作機械技術振興財団の産業界に貢献する研究をバックアップしようという設立趣旨と軌を一にするもので、電気加工学会含め関連4学術団体もまた、産業界に貢献する取り組みを続けていかなくてはならない。工作機械あるいは加工関連の研究室を若い方が立ち上げることが少なくなってきているが、4学術団体はじめ各大学の研究者の方々には是非とも、工作機械関連、加工関連の研究を大いに盛り上げていただきたい」と呼びかけ、歓談に移った。

また、工作機械技術振興財団 評議員を代表して荒牧宏敏氏(三協立山 社外取締役(元日本精工 取締役執行役専務)が挨拶に立ち、「米国の通商政策をはじめ不安定な状況が続く中で、企業においては創造性のある研究や付加価値のある製品開発などが求められるが、そう簡単にできるものではなく、根を詰めてもよいアイデアは浮かばない。そういう時にどうするか。先日読んだ脳科学の本によれば、ボーっとしているのがよいとのこと。DMN、主軸の回転速度ではなくて、デフォルトモードネットワークという脳の部位がある。脳には集中している時に活性化する神経回路と、ボーっとしている時に活性化する神経回路があって、ボーっとしている時に活性化する神経回路をDMNという。我々が休んでボーっとしている時に、DMNは膨大な記憶の断片情報にアクセスしていて、記憶の断片と記憶の断片が結びついた時にピッとひらめきが起こるらしい。昔の中国に「三上」という言葉があって、ものを書く時や考える時に最適な場所は、馬の上、枕の上、厠の上、だという。確かにトイレの中などでボーっとしている時にアイデアがひらめくことがあるが、それはDMNが働いているためで、ボーっとすることで頭がフル活用される。とはいえ、ベースがあってこそ、ひらめきが生じる。若手の方々は、創造性のある研究や付加価値のある製品開発について一生懸命考え、集中して先例を調べるなど常に考えた上で、休んでボーっとしつつ脳をフル活用しているものと信じているので、部下がボーっとしていたら是非とも、「頑張れ」と応援していただけたらと思う。集中しつつボーっとすることで、この不安定な状況の中で皆様が着実に活動を続けられるよう、また、工作機械技術振興財団の活動がますます発展するよう、祈念したい」とユーモアをまじえて語った。
