東京理科大学・佐々木研究室は12月5日、東京都葛飾区の同大学 葛飾キャンパスで「摩擦下における鋼の白色組織形成と疲労摩耗メカニズムに関する討論会(白層討論会)」を開催した。当日は佐々木信也教授の趣旨説明の後、以下の講演が行われた。
「水素可視化による金属研究へのアプローチ」物質・材料研究機構(NIMS) 板倉明子氏…近年、水素エネルギー利用が拡大する中で、水素が金属材料へ及ぼす影響を“その場で可視化”する技術の重要性が高まっている。従来は、水素透過挙動や拡散係数の評価に間接的手法が多かったが、板倉氏は電子顕微鏡内に水素導入系を組み込んだ 「オペランド水素顕微鏡」を開発し、材料内部の水素分布や時間依存性を直接取得するアプローチを紹介した。装置はSEMをベースに電子誘起脱離イオン(DIET)検出系と温度・圧力制御系を統合し、試料表面から放出される水素イオンを空間分布として取得する。SUS304を対象とした測定では、約65時間にわたり520枚(2048×2048px)の水素分布画像を連続取得し、粒界や相界面に沿った透過の偏り、オーステナイト/マルテンサイトで異なる吸蔵挙動などが明瞭に観察された。また、高純度水素フィルター開発やバナジウム合金の透過実験では、SEM像と水素マップを対応づけ、粒径・組織の違いが透過量へ及ぼす影響を検証した。補助的に銀デコレーション法も用い、水素チャージ時間に応じた析出分布変化を観察している。さらにCr2O3皮膜など耐食処理層が水素吸蔵を抑制する可能性も示された。板倉氏は、本技術が金属のみならずセラミックスにも展開可能であり、今後は溶接部の局所透過や軽金属への応用、装置小型化による実用材料評価へと発展するとまとめた。
「転がり軸受案内の白色組織はく離に関する研究とグリース・鋼材開発」ジェイテクト 材料研究部 金属材料研究室 金谷康平氏…白色組織(WEA)を起点とする早期はく離は、電装補機用軸受などで1990年代から報告され、そのメカニズムはいまだ統一的な理解に至っていない。本講演では、ジェイテクトが蓄積してきた水素起因説に基づく体系的な解釈が示された。高温・静電気・振動などによりグリース中の水分や炭化水素が分解し水素が発生、すべり接触で露出する鋼の新生面から水素が侵入する。侵入水素は応力集中部に偏在し局所塑性すべりを誘発、微小き裂や針状組織を形成し、進展するとWEA・巨大き裂に至るという流れである。水素雰囲気試験の結果、転動中に外部雰囲気から直接水素が侵入するのではなく、主な水素源はグリース由来であることが判明した。また、水素発生量と摩耗量の間には高い相関が認められ、界面反応を抑制するグリース設計が耐白色層性向上の鍵となる。さらに鋼材側では、残留オーステナイトや結晶粒界など有害なトラップサイトによる拡散性水素の増加を抑制し、微細析出物によって無害化水素を増やす材料設計が有効であることが示された。耐久試験では、微細炭窒化物を多量に析出させた鋼が従来材を大きく上回る寿命を示し、WEA起因はく離に対する有望な材料として位置付けられた。
当日は、九州大学大学院 工学研究室 田中宏昌氏が「軸受の疲労摩耗に及ぼす水素の影響」と題した発表を行う予定だったが、前2件の講演後の討論が白熱したこともあり短縮版として発表、次回の同討論会でフルレンジの発表を行うこととなった。

